♪~みんな、生きているんだ!友達なんだ~♪
2010年 05月 30日
【口蹄疫】…以前には『狂牛病』や『鳥インフルエンザ』も流行した。
牛も豚も鳥も人間と同じ、生き物!風邪もひけば病気もする。
しかし人間と違って、彼らが病気になるとどうなる?
伝染病ならば必ず〈殺処理〉、つまり殺されてしまう。
今回の場合もそうだ・・・感染したりそのおそれがある牛や豚は、ワクチン注射をされ、
電流を流されて苦痛の叫びをあげ、ドカっと倒れ死んでいくらしい。
その現場は「まるで地獄絵をみるようだ」と書き記してあるものを読んだ。
あまりの惨状は、まさに戦場にいるような光景。
処分する役目を担う人々の心を思うとあまりにも気の毒でいたたまれない。
いくらお国のためだとはいえ、彼らの脳裏にはこの光景がきっと一生やきついて
離れないのだから。
一般人も、処理現場で今、一体何が行われているのかという事実をしっかり知り、
ちゃんとうけとめなくてはいけないのではないだろうか?とさえ思えてきた。
いやいや、日常からして、牛や豚や鳥たちがどのように殺され、
市場に食材の<肉>として並ぶのかさえも知らされていない私達…。
【肉】は勝手に【肉】にはならないし、
<皮>は勝手に<靴>や<鞄>にはならないのに・・・。
この世の中にあって、人間はまさに人間様?牛も豚も鳥もただの物質だ!?
今回の【口蹄疫】のニュースを耳にするにつけ、ついやり過ごしている日常生活の中に、
人間様のために多くの犠牲があることをあらためて思うのだ。
私は、10年前から<肉食>を好まなくなった。ダイエットでもなければ、健康のためでもない。
ある国に滞在していた時のこと、街の市場でみた光景があまりにもショックだったのだ!
それ以来、私は<肉>を口にすることに<ためらい>を感じるようになった。
・・・肉屋片隅・・・、ウサギや小鹿や子牛が喉をかききられ口から血を流し、
店頭に逆さ吊りにされてぶら下がっていた。
ショーケースには、豚や牛の皮をはがれたまま、丸ごと頭が陳列されていた。
このような風景は、現地では当たり前の光景。なぜなら、この国民の主食は昔から<肉>だ。
彼らは昔から<肉>を食し<命>をつないできた。
市場で言葉もなくただ驚く私を見て、現地の友人が言った。
「市場でなくても、実家の田舎では来客や祝いの宴のたびに庭先で、家畜は殺され、
皆にふるまわれます。」 (そうか・・・、これが本当の肉食の生活か・・・)
彼らは家畜を飼育し、自分たちの手で殺し、食し、生活しているのだ。
そして、「決してその<命>を無駄にすることはしない・・・」と、友人は言った。
差し出されたすべての物を生かすのだ。 肉、内臓、皮、骨。。。
そして「動物への<弔いや感謝の気持ち>は、決して忘れない」と、友人は言った。
日本人も、昔から動物や野菜や穀物など、たくさんの<命>をいただいて生きている。
私達の為に犠牲になる<命>に対して、「いただきます」と手を合わせる習慣もある。
しかし、今の日本において、この意味を知っての習慣が
生活に生かされているだろうか?
ほら・・・、またそこで「私にはそんな事は関係ない!」と言わんばかりに、
<肉>をむしゃむしゃ食べる人がいる。
街には、【焼き肉食べ放題】や【○○ハンバーガー】などの看板だ。
口にする中身が、すべて<命>だったなんてまるでお構いなし?!
むしゃむしゃ食べて、いらなくなれば、食べ残す・・・。
こうして私達は、これからも無駄な殺生をおかし、生きながらえていくのか・・・?
「人間よ!いつか仕返ししてやる!」
以前見た【鳥】という映画を思い出す。あれはまさに人間への警告・・・。
【口蹄疫】や【狂牛病】や【鳥インフルエンザ】が流行する昨今、
「僕らが人間様に与えた命を決して忘れてくれるな!」と、
〈牛や豚や鳥たち〉の心の叫びが聞こえてくるのは、私だけだろうか?
生き物は、他の<命>を食して生きる…これは、生き物の宿命・・・。
ならば私達は、生きるためだけに必要なぶんだけの<殺生>でよいではないか?
そうは言っても、この人間様の世の中は、贅沢三昧!
わがままな<殺生>は、そう簡単にはなくならない。
せめてその罪滅ぼしにと、『謝肉祭』というものがある国もある。
<命>への感謝と、弔いの心・・・
日本にもせめて、国民で想う『謝肉祭』のような日が必要ではないのか?
犠牲になっていく<命>に対し、<感謝>の心を・・・。
やっぱり、あの歌みたいに、♪~みんなみんな生きているんだ、友達なんだ~♪
・・・なのである!
新聞を読むのが好きだった賢い<ヒナちゃん>のありし姿↓

牛も豚も鳥も人間と同じ、生き物!風邪もひけば病気もする。
しかし人間と違って、彼らが病気になるとどうなる?
伝染病ならば必ず〈殺処理〉、つまり殺されてしまう。
今回の場合もそうだ・・・感染したりそのおそれがある牛や豚は、ワクチン注射をされ、
電流を流されて苦痛の叫びをあげ、ドカっと倒れ死んでいくらしい。
その現場は「まるで地獄絵をみるようだ」と書き記してあるものを読んだ。
あまりの惨状は、まさに戦場にいるような光景。
処分する役目を担う人々の心を思うとあまりにも気の毒でいたたまれない。
いくらお国のためだとはいえ、彼らの脳裏にはこの光景がきっと一生やきついて
離れないのだから。
一般人も、処理現場で今、一体何が行われているのかという事実をしっかり知り、
ちゃんとうけとめなくてはいけないのではないだろうか?とさえ思えてきた。
いやいや、日常からして、牛や豚や鳥たちがどのように殺され、
市場に食材の<肉>として並ぶのかさえも知らされていない私達…。
【肉】は勝手に【肉】にはならないし、
<皮>は勝手に<靴>や<鞄>にはならないのに・・・。
この世の中にあって、人間はまさに人間様?牛も豚も鳥もただの物質だ!?
今回の【口蹄疫】のニュースを耳にするにつけ、ついやり過ごしている日常生活の中に、
人間様のために多くの犠牲があることをあらためて思うのだ。
私は、10年前から<肉食>を好まなくなった。ダイエットでもなければ、健康のためでもない。
ある国に滞在していた時のこと、街の市場でみた光景があまりにもショックだったのだ!
それ以来、私は<肉>を口にすることに<ためらい>を感じるようになった。
・・・肉屋片隅・・・、ウサギや小鹿や子牛が喉をかききられ口から血を流し、
店頭に逆さ吊りにされてぶら下がっていた。
ショーケースには、豚や牛の皮をはがれたまま、丸ごと頭が陳列されていた。
このような風景は、現地では当たり前の光景。なぜなら、この国民の主食は昔から<肉>だ。
彼らは昔から<肉>を食し<命>をつないできた。
市場で言葉もなくただ驚く私を見て、現地の友人が言った。
「市場でなくても、実家の田舎では来客や祝いの宴のたびに庭先で、家畜は殺され、
皆にふるまわれます。」 (そうか・・・、これが本当の肉食の生活か・・・)
彼らは家畜を飼育し、自分たちの手で殺し、食し、生活しているのだ。
そして、「決してその<命>を無駄にすることはしない・・・」と、友人は言った。
差し出されたすべての物を生かすのだ。 肉、内臓、皮、骨。。。
そして「動物への<弔いや感謝の気持ち>は、決して忘れない」と、友人は言った。
日本人も、昔から動物や野菜や穀物など、たくさんの<命>をいただいて生きている。
私達の為に犠牲になる<命>に対して、「いただきます」と手を合わせる習慣もある。
しかし、今の日本において、この意味を知っての習慣が
生活に生かされているだろうか?
ほら・・・、またそこで「私にはそんな事は関係ない!」と言わんばかりに、
<肉>をむしゃむしゃ食べる人がいる。
街には、【焼き肉食べ放題】や【○○ハンバーガー】などの看板だ。
口にする中身が、すべて<命>だったなんてまるでお構いなし?!
むしゃむしゃ食べて、いらなくなれば、食べ残す・・・。
こうして私達は、これからも無駄な殺生をおかし、生きながらえていくのか・・・?
「人間よ!いつか仕返ししてやる!」
以前見た【鳥】という映画を思い出す。あれはまさに人間への警告・・・。
【口蹄疫】や【狂牛病】や【鳥インフルエンザ】が流行する昨今、
「僕らが人間様に与えた命を決して忘れてくれるな!」と、
〈牛や豚や鳥たち〉の心の叫びが聞こえてくるのは、私だけだろうか?
生き物は、他の<命>を食して生きる…これは、生き物の宿命・・・。
ならば私達は、生きるためだけに必要なぶんだけの<殺生>でよいではないか?
そうは言っても、この人間様の世の中は、贅沢三昧!
わがままな<殺生>は、そう簡単にはなくならない。
せめてその罪滅ぼしにと、『謝肉祭』というものがある国もある。
<命>への感謝と、弔いの心・・・
日本にもせめて、国民で想う『謝肉祭』のような日が必要ではないのか?
犠牲になっていく<命>に対し、<感謝>の心を・・・。
やっぱり、あの歌みたいに、♪~みんなみんな生きているんだ、友達なんだ~♪
・・・なのである!
新聞を読むのが好きだった賢い<ヒナちゃん>のありし姿↓

# by ancella4 | 2010-05-30 10:53


















